ひとりごと

主人公というとなにかに秀でたものがある人であると、子どもの頃からドラマやアニメを通して刷り込まれていた。子どもの頃はそんな主人公に憧れ、子供たちは自分自身がこの世界の主人公だと思い込み日々を営んでいくだろう。しかし、成長と共に友人やクラスメイトといった他人よりも秀でていない自分に気づく。あの子の方が足が速かったり、ドッチボールがうまかったり、女の子人気だったり。そして多くの子どもたちは世界の主人公から脱落していった。生来、運動神経やルックスに恵まれていない私もまたそんな子どもの一人であった。学校の人気者の群れから逸れることを恐れ、なんとかその群れにしがみつこうと努力したりもした。今、思えばそこまでしてその群れにこだわる理由もないのだが、私の中学までの狭い世界ではその生活が全てであった。

なんてこともない、平凡な主人公が自分の中で葛藤する小説を読むと安心した。何も取り柄もない自分でも僕という人生の主役は自分であるという実感が湧くからだ。

今思い返すと生活とはそのような小説に書かれているような平凡なものなのだろう。逆に子どもの頃に想像していたドラマやアニメのようなキラキラした生活をしている人は少ないと思う。instagramといったSNSは人の生活を、何倍を輝かせてみせる。私はそれを見るたびに焦燥感に駆られもっと充実した日々を送らなければといった気持ちになる。しかし、小説にかかれているように人の生活は至って平凡だ。どんな俳優や女優だってトイレ掃除をしていたり、服についた醤油のシミと格闘するのだろう。最近はinstagramで彩る虚構の暮らしよりも今ここにある平凡な暮らしを大切にしたい。人気者の群れにしがみついていた頃の自分に必要だったものは秀でた能力やお笑いのセンスではなく、そんな平凡な生活を楽しもうとする心なのだったのだろう。

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